「永い言い訳」を観たのでその感想。(ネタバレあり)
今回は原作と映画を比べながら、書いていきます。
予告
あらすじ
作家の衣笠幸夫は、妻の夏子が友人とともに旅行に出かけるのを見送ったその日に、彼女が事故死したことを知らされる。もっとも、彼女のいぬ間に不倫行為に没入していた幸夫にとっては、さして悲しい出来事ではないのが実情だった。それでもマスコミの手前悲劇のキャラクターを演じていた彼のもとに、夏子の友人の夫、陽一が電話を寄越してくる。トラック運転手である陽一はふたりの子供を抱え、妻を失った事実に打ちひしがれて同じ境遇の幸夫と思いを分かち合おうとしたのだ。執筆に情熱を注ぎ込めない幸夫は陽一のアパートを訪ね、中学受験を控えた長男真平と、その妹である保育園通いの灯のことを知る。家事の素人である陽一は母親役を兼ねられない、と見てとった幸夫は子供たちの世話を買って出た。
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感想
本作は小説を先に書き、その後に映画化という運びとなっています。
これは今までの西川作品とは逆の流れです。
映像化からノベライズの流れを”世界の増幅”と呼ぶとすると、
小説から映像化というのは、”世界の厳選”となります。
予算や時間の制約を踏まえて、自分で作った世界を再構築していく作業。
削ぎ落とすと言うよりは再構築、そんな印象を受けました。
小説で表現した世界を100とするならば、映画で表現出来る世界は100以下となることが多いです。
これは原作付きのものであれば、必ず通る道であり、脚本家の頭を悩ませる種となります。
「情報量」という尺度で見れば、映像は小説には到底敵いません。
しかし、「感情の発露」「空気感」といった一瞬の爆発力・訴えかけは、特に映像が得意とする分野だと思います。
- 真平がバスの中でお迎えに来た幸夫と灯に気付くシーン
- 灯が幸夫の漕ぐ自転車の後ろで「幸夫くん、がんばれ」と応援するシーン
- 岸本が「子供を育てるのは免罪符」というシーン
- 陽一の元へ電車で向かう真平と幸夫のシーン
どれもとても素晴らしかったです。
映像表現ならではのよさがありました。
キャスティングも同様で、特に陽一は他の方では想像できないくらいピッタリです。
子役のオーディションは、その場では底が見えず、難しいと思いますが、二人ともとてもよかったです。
陽一という人間を単純に描いていないところにもこだわりを感じます。
真平と灯の存在が"死ぬことの怖さ"と同時に、"生きることの怖さ"を感じさせる。
終盤、陽一が"死"に向かう理由は原作と映画で違うけれど、とても配慮された改変だと思います。
陽一と合流後、トラックの中で真平が朝まで寝ないぞ、と決意を固めるシーンは少し観たかったですが。
このように原作と映画で異なるシーンは多々ありますが、一つ大きな観点が抜けています。
それは、「幸夫が抱く夏子への嫉妬」です。*1
ドキュメンタリーのカメラの前で感情をむき出しにする幸夫が生きてくるのは、この嫉妬の念があるからこそとも考えています。
*
物語の中心には、「子供がいる生活」があります。
その中でもからくり時計という小道具が秀逸です。
夫婦だけの生活に、からくり時計はあまり置かれないでしょう。
初めて大宮家を訪れた幸夫はからくり時計を意識していませんでしたが、
2回目に訪れた際にはその時間に沿って行動をします。
からくり時計が時間を告げる度に、その場にいない子供に思いを馳せる。
幸夫が今まで経験してこなかった生活に少しずつ変わっていることを効果的に表しています。
ヘンデルの「調子の良い鍛冶屋」も、同様の使われ方をしています。
たどたどしいタッチで弾くピアノ。
近所の家から夕方に聴こえてくる音。
発表会に向けて練習する、そんな懐かしさ。
エンディングでは上達が見られるのもポイント。
少し余談ですが、映画公開に先立ったトークイベントの中で、西川監督に映画音楽について質問できる機会がありました。
A.音楽には饒舌な面がある。
— れーふぉ (@re_fort) 2016年9月25日
感情を煽るのではなく、感情の補足説明をさせるような「フォロー」としての役割を担わせている。
究極的には、音楽がなくても説明がつくのであれば、なくてもいいと考えている。
私はもともと感情を煽る劇伴の方が好きではあったんですが、*2
"音楽がなくても説明がつくのであれば、なくてもいいと考えている。"
という面白い解釈を聞くことができて、大変有意義でした。
確かに西川作品は音楽がいい意味で主張してこないですね。
*
「人生は他者だ」
終盤、手帳に書かれる一言。
これこそが物語の核です。
自分のためだけに生きること。
これは簡単なように見えるけれど、やがて果てしない虚しさが押し寄せます。
他者のために生きるのは、自分のために生きた後の次のステージ。
最初から、他者のために生きるのとは、わけが違います。
私も"死ぬことの怖さ"と同時に、"生きることの怖さ"を感じたい。
自分を大事に思ってくれる人を、簡単に手放しちゃいけない。
みくびったり、おとしめたりしちゃいけない。
愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない。
これは幸夫の自戒であるとともに、西川監督の自戒だと思います。
映画を作ることは、他者の中に身を置くこと。
そんな意思を強く感じました。
懐かしい木陰*3に佇む愛する読者を想いながら、観ていただきたい作品です。
- 作者: 西川美和
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